退院したら5日の命、それでも」家に帰りたい

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

「退院したら5日の命」と言われた大野さんが、病院を退院してから5年経った今も元気で暮らしているのはなぜでしょうか?
2012年1月、大野さんの妹夫婦が相談外来に来ました。
「姉は病院の先生に”入院していれば1か月、退院したら5日の命”と言われました。”それでもいいから、目の不自由な息子が待っている家に帰りたい”と退院を希望したのに、2台の自動吸引機を使って、毎日左右の胸から胸水を600ml.ずつ抜いているんだから退院は無理ですよ”と言われてしまいました。小笠原先生、どうしたらいいでしょうか?」
「そうねえ、目の不自由な息子さんが家で待っていると思うと、入院していても気が気じゃないよねぇ。そんな気持ちで病院にいてもストレスだと思うし、退院しても大丈夫だよ。もう一度、主治医に頼んでみたら?」

それからしばらく経ったころ、妹さんが2度目の相談外来にやって来ました。
「小笠原先生の話をしたら、病院の先生も退院に向けて努力してくださることになったんですが、まだ許可が下りません。先生、何とかしてください」
本人が退院したいというのに、病院の医師はなぜ退院させないのでしょうか。
病院は、いつ死んでもおかしくない患者さんを退院させにくいのです。
なぜなら、病院には患者を助けるという責任感と使命があります。
病院にいた方が長生きできると判断すれば、退院させることに躊躇するのは当然です。

小笠原内科のスタッフ7名がその日の夕方、主治医の先生に話をしに行きました。
「先生、大野さんはどうしても家に帰りたいのです。たとえ5日の命でも、息子のいる家で死ねたら本望ですよ。だから帰らせてもらえませんか」

最初は何度お願いしても、主治医は「家に帰るなんて無理ですよ」と言っていました。
しかし「家に帰ってみたあとで、やっぱり入院したいと患者さんが言ったら、その時は再入院させますから、と粘り強く話をし、最後に頭を下げるとようやく退院許可が下り、大野さんは翌朝、自宅に帰りました。