緩和ケアを・・・

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

元勤務医だった上松さん(70代 余命半年)が末期がんになり、患者になったとき、どのような治療を希望し、何を選択するのでしょう。
ある日のこと、上松さんの奥さんが相談外来に来て言いました。
「夫の治療についてご相談したいので、一度往診に来ていただけませんか?」
そこで私が往診に行くと、ベッドで横になっていた上松さんが、険しい表情でこんな話をしてくれました。
「小笠原先生、僕は病院勤務をしているころ、がん患者に対して手術後に抗がん剤を使ったけれど、助かった患者は一人もいなかった。苦しんだ末に亡くなる人ばかりで・・・。昔のこととはいえ、そんな風に患者さんを苦しませていた僕が、自分ががんになったとき、抗がん剤をやめて家で緩和ケアを受けたいなんて許されないでしょう。亡くなった患者さんたちに申し訳がたちませんよ。だから僕はつらくても、死ぬまで抗がん剤を使って闘病しなければいけないでしょう」

上松さんの気持ちを聞いた私は、医師としての過去を否定せず、一人の患者として自由に治療を選択してほしいと思いました。
なぜなら私自身も病院勤務の時、抗がん剤は効果があると教えられてきたからです。
そして、がんの末期は苦しんで死ぬのが当たり前、そう思っていました。
上松さんの時代には、緩和ケアやホスピスに対する考え方もまだなかったのです。
だから、過去に苦しむ上松さんに私は言いました。
「昔はそうでしたよね。それが患者さんにとって一番正しい、最善の治療だと医師は思っていたんです。僕だってそうでしたよ。でも考えてみてください。抗がん剤治療をしていた医師が、自分ががんになったときに緩和ケアを選択したら、今抗がん剤で苦しんでいる患者さんに勇気を与えることになりませんか。過去の患者さんを苦しめたかもしれないけれど、これからの患者さんの希望となって、救うことができると思いますよ」