在宅ホスピス緩和ケアならお酒が飲める

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

抗がん剤治療をしていた医師上松さんが、自分ががんになったときに緩和ケアを選択したら、今抗がん剤で苦しんでいる患者さんに申し訳ないといいます。
その様子を見た私は、ただ心を開くために言葉を交わす訪問診療を続けることにしました。

「上松先生、若いころの趣味はなんでしたか?」
「そりゃあ、アユ釣りだよ。長良川上流に行って友釣りをするのが一番だ」
「ぴちぴちのアユが10匹は連れますか?」
「何を言っているんだ。バケツ1杯だ。酒の肴だとみんなが喜ぶんだ」
「日本酒ですか、ビールですか?」
「焼酎だよ。焼酎が一番好きなんだ」
「そうなんですか。それなら飲んだらいかがですか。死んだら飲めませんよ」
そんな会話が続いていたある日のことでした。
上松さんがこんなことを私に尋ねたのです。
「在宅ホスピス緩和ケアなら焼酎が飲めるのか・・・。飲んでもいいのかな?」
「大丈夫ですよ。飲めますよ」
「焼酎が飲みたい。小笠原先生、一緒に飲んでくれないか」

上松さんが過去を乗り越えて、抗がん剤治療をやめる決心をし、在宅ホスピス緩和ケアを受け入れた瞬間でした。
すると奥さんがうれしそうに言います。
「小笠原先生、主人は若いころ、ほとんど家にいなかったんですよ」
「そうなんですか。お仕事ですか、それともお遊びでしょうか?」
「仕事1本に決まっているだろう。」
こうして家の中の雰囲気が一気に明るくなったようでした。