余命いくばくもなくても家に帰れる

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

ある日のこと、渡辺さん(85歳 男性 余命2~3週間)の入院先の病院から、こんな電話がありました。
「渡辺さんが退院を希望されています。ご近所に在宅医療をする診療所がありません。家から15キロ離れていますが、小笠原内科に相談に行くよう説明しました」
その数日後の5月12日、渡辺さんのお孫さんが、相談外来に来ました。
「先生、祖父が急激に悪くなってしまいました。でも、家に帰りたい、畑に行きたいというんです。なんとかなりませんか?」
「大丈夫、帰れますよ。渡辺さんのお宅は少し遠いので、何かあったとき、近くで協力してくれる開業医の先生を探してみますね。急に悪くなったのなら、今日退院させてあげましょう。そうしないと間に合わないかもしれないからね」
私がそういうと、お孫さんは
「本当ですか? うれしいです。よろしくお願いします」
と喜び、渡辺さんはその日の午後に緊急退院することができました。

退院後、在宅ホスピス緩和ケアを開始した患者さんに対し、私が一番大事にしていることは、痛みを取ることと痛みへの不安を取ることです。
かわいい孫や大好きな畑の話をしたり、渡辺さんとひ孫の写真を撮って心のケアもしました。
すると安心したのでしょう。
病院では何も食べられなかった渡辺さんが、大好きなうな丼を口にしたのです。
5月15日には好物のいなり寿司をほおばり、ひ孫さんと仲良くアイスクリームを食べて大満足、訪問介護の足浴やフットマッサージに「極楽だあ~」と喜びました。

翌16日、渡辺さんはとうとう念願の畑に行くことができました。
訪問看護師と一緒に畑に行き、イチゴ狩りを楽しんだ渡辺さん。
「夢のようだ。うれしい!」
こんな言葉を「HP+」に載せてくれました。
「THP+」とは、患者さんを支える家族や医療従事者たちが情報共有できるアプリです。