真実を告げられないまま・・

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

真実を告げられないまま生活保護を受け、一人暮らしをしていた奥村マコさんの事例を紹介します。
奥村さんは咽頭がんで手術して入院していましたが、「がんは治った」と言われて退院しました。
ところが、がんは治っていなかったのです。
マコさんは治ったと思っていますが、医療従事者やケアマネージャーは、マコさんががんの末期であることを知っていました。

真実を知っているケアマネージャーは、末期がんであるマコさんが一人暮らしをしていることに不安を感じ、心配になってつい聞いてしまいます。
「大丈夫ですか? 困ったことはない? つらくはないですか?」
マコさんはそう聞かれると、なぜか不安になり具合が悪くなります。
その結果、ケアマネージャーが訪問した日は決まって救急車を呼び、1泊か2泊入院して退院するという生活を繰り返していました。
すると、がん性疼痛看護認定看護師からこう言われました。
「マコさん、救急車で来ても痛みは取れないよね。小笠原内科の在宅ホスピス緩和ケアを受けてみたら? 今から頼んであげるから、すぐに帰るといいよ」

病院から依頼を受けた私は、マコさんの自宅に緊急往診しました。
「マコさん、初めまして。どうして救急車を何回も呼ぶの?」
「先生、だって私、苦しくて仕方がないんです」
「どうして?」
「ケアマネージャーさんがね、”苦しくないですか?大丈夫ですか?”って聞いてくれるから下を向いて考えるの。そうすると苦しくなってしまうの」
「そうなんだね。マコさんは居酒屋を経営していたんだよね」
「うん。みんなにマコちゃんって呼ばれていたの」
「いいねえ。じゃあ”上を向いて歩こう”って歌を知ってる?」
「うん、知ってる」
「じゃあ、上を向いてみんなで一緒に歌おうよ」
そう言って3人で歌いました。歌い終わると私は聞きました。
「マコちゃん、どう、苦しかった?」
「ううん、苦しくない。楽しいね」