病院では味噌汁は禁止、でも家なら飲んでもいいよ

なんとめでたいご臨終 小笠原文雄

久保さん(75歳 男性)は重症心不全で驚くほど心臓肥大でした。
胸全体の大きさを100%とした場合、心臓の大きさが45%以下だと正常ですが、久保さんは82%で、胸のほとんどが心臓でした。
これだけ心臓が大きいと、長くは生きられません。
久保さんの奥さんのかかりつけ医だった私は、ある日、奥さんの外来診療中にこんな相談を受けました。
「先生、主人は1年の内半分以上入院しています。入退院を繰り返すので疲れ果ててしまいました」
「入院は疲れるよね。往診なら病院に行かなくてもいいし、楽かもしれないよ」
私がこう話すと、奥さんは安堵の表情を浮かべながら帰っていきました。

数日後、退院し、小笠原内科の在宅ホスピス緩和ケアを受けることになった久保さん。
私が往診に行くと、久保さんは嬉しそうに言います。
「小笠原先生、やっぱり家はいいものですねえ」
「そうでしょう。家に帰ったんだから、好きなことができるよ」
「味噌汁を飲みたい。10年間、一度も味噌汁を飲んでないんです」
「死んだら飲めないよ。10年ぶりの味噌汁はきっとおいしいですよ」
と言うと、すかさず奥さんに
「小笠原先生、そんなのダメですよ。病院の先生からは、お味噌汁は塩分が多いから絶対にダメだと言われているんです」
と怒られてしまいました。
そこで私はこう言いました。
「僕が病院の先生なら、味噌汁は禁止しますよ。でもここは家なんだから、飲みたいのなら飲んでもいいでしょう」

ちなみに私は、名古屋大学で「心不全の患者を血管拡張療法で血管を広げ、心不全を改善する」という論文で博士号を取得した心不全のプロで、循環器科の専門医のはしくれだったのです。
そんな医師が「病院では味噌汁は禁止、でも家なら飲んでいいよ」とはどういうことでしょう。