死ぬと思ったからこそ、生かされている命に気づく

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

2000年に介護保険ができたおかげで、一人暮らしでも最期まで家で暮らせるようになりました。
それまでは、一人暮らしで最期まで自宅にいたいと希望する人は、実費で家政婦を雇うしかありませんでした。

2010年の春、園部さん(79歳 男性 余命数週間)の息子さんと娘さんが小笠原内科に来ました。
「先生、肺がんの父が苦しんでいます。緩和ケア病棟は、あと1~2週間待たないと入れません。一人暮らしなので病院に入院するように言ったのですが頑なに拒否します。心配で、昨夜は僕が父の家に泊まりましたが、酸素を4ℓ吸っているのに苦しんで一睡もしません。すぐ往診に来てください」
緊急往診すると、園部さんは呼吸がとても苦しそうでした。
「園部さん、入院したほうがいいよ。お子さんも心配しておられますよ」
「嫌だ。入院したくない。家で診てほしい」
そこで、ソル・メドロールやモルヒネの投与をしたり、ゆっくる呼吸するように指導するなど、在宅ホスピス緩和ケアを開始しました。

すると数日後には息苦しさがなくなり、2週間経った頃には酸素吸入をやめることができました。
笑顔が出てきた園部さんと一緒に写真を撮ってプレゼントしたところ、園部さんは写真を見てじっと黙っています。
私はこういう時、患者さんが何か言うまでひたすら待ちます。
園部さんはしばらくして一言、こう言ったのです。
「わが人生、最高の笑顔である」と。
続けて「恋をしたとき、結婚したとき、子供が生まれたとき、会社の社長になったときもうれしかった。でも、がんで死ぬと分かってから、先生方やみんなに支えてもらい、大いなるものに抱かれている我が身、生かされている命に気が付いた。社長をしているときは、”みんなを食べさせている”というおごりがあった。がんになって死ぬと思った今が、一番幸せだし信じられない。極楽にいるようだ」
死ぬと思ったからこそ、生かされている命に気が付いたという言葉に、私は命の重さを感じました。