子どもに遺言を話しながら旅立つ

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

末期がんでも大好きなお風呂に入り、ビールを飲んで至福の時を過ごしていた園部さん。
毎日の訪問介護と訪問看護、週に一度の訪問診療など、家族を含めて毎日のように誰かが園部さんを訪ねていましたが、在宅ホスピス緩和ケアを開始して2か月後には、体力が落ちて動くことができなくなりました。

「先生、そろそろ死ぬのかなあ」
「園部さんが死ぬと思うなら、死ぬかもねえ」
「そうだよな。そもそも初めて往診に来てもらったとき、死んでもおかしくなかったんだ。あれから笑顔で生かしてもらって、もう何の悔いもない」
「いやいや、ちょっと待って。園部さんは悔いがないかもしれないけれど、息子さんや娘さんは? 父親としての遺言を言ってあげたら? きっと喜ぶよ」
「それもそうだ。これまで生きてこられたのも、今生きていられるのも、息子たちのおかげ。明日の夕方、息子たちを呼んで言うよ」

翌日の深夜0時、園部さんが亡くなられましたと訪問看護師から電話が来ました。
園部さんがちゃんと遺言を言えたかどうか気になっていた私は、園部さんの家に行きました。
そして開口一番息子さんに尋ねました。
「どうだった? 遺言聞いた?」
「聞きましたよ。もうすぐ死ぬっていうのに、6時間もかけて言ったんですよ。親っていうのは、この期に及んでまだ子どものことを考えているんですね。でも遺言を話していたんで、苦しむ間もなくあの世へ旅立ちました」
「よかったねえ。穏やかな顔だものね。ところで、どんな遺言だったの?」
「いやあ、さすがにお世話になった先生でも、それは言えませんよ」
「な~んだ。教えてくれないんだねえ。じゃあ夜中だしもう帰るね」
と言って私が玄関を出ようとすると息子さんが追いかけてきました。
「小笠原先生にはかないませんね。お世話になった先生だから話しますよ」と、園部さんの遺言を語ってくれました。

在宅医療はお金がかかると思われがちですが、実はそうではありません。
園部さんが亡くなるまでの3か月間でかかった自己負担額は、70,428円でした。
仮に緩和ケア病棟に入院していた場合は、133、200円です。
家で最期まで朗らかに過ごすための金額は、決して高くないことが分かっていただけたと思います。