最期まで耳は聞こえる

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

夜間セデーションを開始すると、岡さんはぐっすりと眠れるようになりました。
ご主人も眠れるようになり、心のゆとりが出てきたようでした。

2016年1月3日のお昼のことです。
岡さんは目が覚めず、私が肩をゆすっても、耳元で話しかけても反応しません。
そこで私は言いました。
「ご主人、そろそろお別れですね。最期まで人の耳は聞こえているというから、話しかけたり、歌を聴かせてあげるといいんだよね」
すると、ご主人は答えます。
「うちの家内は、サブちゃんが大好きだった」
「じゃあ、聴かせてあげようよ。大好きな曲を聴きながら旅立てるなら・・・」
私がそう言うと、ご主人が北島三郎さんのCDを流しました。
そして、みんなで聴きながら話をしていた時でした。
「あれ、岡さんの手が動いている!」
「ほんとだ!」
なんと岡さんが麻痺のない右手を動かし、口を動かしていたのです。
その場にいた全員が驚き、私が思わずこうつぶやきました。
「僕が話しかけてもダメなのに、サブちゃんで目が覚めるなんてねえ・・・」
ご主人も私も大喜びです。

その2日後、1月5日のお昼のことでした。
ご主人は目が覚めた岡さんに
「今までよく頑張ってくれたね。ありがとう。もう頑張らなくてもいいよ」と伝えました。
すると2時間後、岡さんはご主人を見つめ、必死の思いで「あ・り・が・と・う」と口を動かし、1粒の涙をポロっと流して旅立たれました。
娘さんとお孫さん、そしてご主人が見守る中でのことでした。