最期の思いやり

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

磯釣りから帰り、私が訪問診療に行くと「先生、在宅医療って家で亡くなるんですよね。私はとても気が小さくて心配性なんです。もし夫が私の目の前で死んだらどうしよう」
と奥さんが言うので、私はこう答えました。
「大丈夫ですよ。奥さんの目の前で死ぬことはないですよ」

磯釣りの1か月後でした。
お風呂から出た林さんは胸が苦しくなり、着替えもしないで布団で横になると、初めて妻に言ったのです。
「今からお風呂に入りなさい」
奥さんがお風呂の入り出てくると、林さんの呼吸は止まっていました。
林さんは、自分の命が尽きる時を知っていたのでしょう。
「私が不安にならないように、私のいない間に旅立ってくれたんだわ」
林さんの最期の思いやりに、奥さんはとても幸せそうでした。