患者と医師の固い絆

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

ドイツでは、ホスピスに医者はいません。
「日本の医師は、急変してから往診後に薬を処方するから疲れるんだよね」
と私は話し、ドイツの看護師と握手を交わしてホスピスを後にしました。

ノイシュバンシュタイン城へ着くと、大島さんに電話をしました。
「大島さん、調子はどう?」
「先生苦しいの。私、そろそろ旅立っていいかしら?」
「いいんじゃないの。今、シンデレラ城にいるよ。本物はきれいだよ」
スイスに飛び、マッターホルンを眺めながらまた電話をしました。
「大島さん、あれ、まだ生きているんだね。よかった。でも、苦しくないの?」
「うん。先生を待っているんだけど、待てるかしら。やっぱり死ぬわ」
「そうね、マッターホルンを見ているけど、死ぬのをマッターとは言わないよ」
ドイツに戻り、ベルリンのホテルから電話をすると、大島さんは
「私、まだ旅立てないの。どうしてかしら。でも、これが本当のお別れね」
「そうかあ。でも僕、素敵な絵を見つけたから、大島さんに上げようと思って1枚買っちゃったよ」

帰国し、中部国際空港から電話をしたら、何と大島さんはまだ生きていたのです。
私はその足で大島さん宅へ直行すると、訪問看護師と家政婦がいました。
そして私が絵を届けた2時間後、大島さんは旅立たれました。