患者さんが穏やかであれば最期の時は家族だけで過ごしていい

なんとめでたいご臨終 小笠原文雄

「小笠原先生、来てもらわなくていいんですよ。そちらの患者さんの所に行ってください」
すると、それまで何も言わずに黙っていた上野千鶴子さんが
「生で聞いた、生で聞いた!」と、右手のこぶしで左の手のひらをたたいたのです。
驚いた私は「上野さん、どうしたの?」と尋ねました。
すると上野さんが興奮気味に答えます。
「だって、大切な夫が死ぬときに、”先生、来なくていいですよ。あちらの患者さんに行ってください”なんて言う人がいるなんて信じられませんよ」

私はびっくりして、こう説明しました。
「僕は亡くなりそうな患者さんには”いつでも来るからね”って言うけれど、ご家族が”先生、来なくていいですよ”って言うの。だから僕は”そうか”と思って、翌日の外来の前に行くんですよ。もちろん苦しまれたらすぐに飛んでいくけれど、穏やかに旅立つなら医師はいらないんですよ」
それに対して、上野さんはこんなふうに言うのです。
「大切な人が死ぬのときに、家族が医者に”来なくていいよ”って言うなんて信用しませんよ。私は社会学者なので、強い人や権力のある人の話だけではなく、弱者や当事者の話も聞いて、それが合致したときにしか信用しないんです。だから小笠原先生の話だけを聞いても信じることができなかったんです。でも、患者さんの話を生で聞けたので、もう先生を疑うことはしませんよ」

自宅で看取るご家族は、患者さんが急変した時や亡くなった時、医師を呼ぶのが当たり前だと思っている人が多いと思います。
でもそうではありません。
旅立ちの過程を知っていて、患者さんが穏やかであれば、最期の時はご家族だけで過ごしていいのです。
ただし、苦しんでいる場合は”救急車”ではなく、訪問看護師を呼んでくださいね。

余命数日と言われた近藤さんは、約2か月間、奥さんの「おはよう」と「おやすみ」を聞きながら笑顔で暮らし、その日の夜、穏やかに旅立たれました。