”おはよう”と”おやすみ” そして何かあったら看護師さんに電話をするだけ

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

近藤さん(66歳男性) 肺がん等で余命数日。
近藤さんの奥さんが相談外来に来て私に尋ねました。
「夫はもうすぐ死にそうで”家に帰りたい”と願っています。でも私はぎっくり腰でなので、体重が80キロもある夫の介護はできません。病院の看護師さんに”小笠原内科に相談してみれば”と言われました。夫は家に帰れるのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。一人暮らしの方でも、家で最期まで暮らせるんですから。それに奥さんがすることは、朝起きて”おはよう”、寝るときに”おやすみ”と言って、もし何かあったら看護師さんに電話をする。その3つだけやってもらえれば、あとはこちらで支えますから。最後まで家にいられますよ」
と私が答えると、奥さんはびっくりしていました。

近藤さんはその2日後に退院しました。
私が初めて往診に行くと、奥さんが興奮気味に言います。
「小笠原先生、夫が家に帰ってきた途端、目を輝かせたんです!」
そこで私が「よかったね。みんな嬉しそうだから写真を撮ろうよ」

近藤さんが在宅ホスピス緩和ケアを開始してから1か月半が経ったころ、血圧が下がり始め、60㎜Hg以下になりました。
一般的に血圧が60㎜Hg以下になると尿が出にくくなり、尿が出なくなると余命は3日、長くて1週間で旅立たれます。
「そろそろ覚悟しなくちゃいけないね」と、訪問看護師さんに「お別れパンフ」を渡し、お別れに向けての話をしました。

お別れパンフを渡した数日後、上野千鶴子さんが小笠原内科の視察に来たので、近藤さんの訪問診療に同行してもらうと、近藤さんの血圧は40㎜Hg下がっていたのです。
そこで」私が奥さんに
「血圧が40まで下がっているね。ご主人は今日亡くなられると思うよ。でも僕は午後から患者さんの退院共同指導で、病院に行かなくちゃいけないんだよね。亡くなられたらいつでも呼んでちょうだいね」
と言うと、奥さんはこう答えました。
「小笠原先生、来てもらわなくてもいいですよ。そちらの患者さんのところに行ってあげてください」