希望の光、元気の源

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

「末期」という言葉は通常、余命半年以内の患者さんに使います。
末期がんと診断され、ほぼ寝たきりで痛みに苦しんでいた木下さん(78歳 女性)が、2年経った今も笑顔で過ごしているのはなぜでしょうか。

ある日、木下さんの娘さんからこんな電話がかかってきました。
「母は甲状腺がんで骨にも転移しています。がんの進行が激しく、痛みもひどく、ほとんど寝たきり状態です。家は山の中にあるので、近くに緩和ケアをしてくれるお医者さんもいません。でも母は、入院したくない、家で死にたい、山で死にたいと言っています。なんとかしていただけないでしょうか」
私は迷わずこう言いました。
「大丈夫ですよ。お母さんは山で死ねますよ。安心してください。とりあえず今日のところは、お母さんに山で死ねるよと伝えてくださいね」

その数日後、娘さんが今度は相談外来に来て言いました。
「小笠原先生から、家で死ねる、山で死ねると言われたことを伝えたら、母はとても喜んで、不思議なことにだんだん元気になってきたんです。この調子なら小笠原内科に一緒に来られそうです。母も小笠原先生に一度会いたいと言っていますし、もう少しよくなったら連れてきますね」

治療もしないのに電話一本で元気になるーそんなことが起こるのかと思われた方も多いでしょう。
それが不思議なことに実際に起こるんですね。
木下さんの希望は、自宅で最期まで過ごすことでした。
だからこそ木下さんは限界が来るまで自宅療養していたのです。
でも自宅療養にも限界が来た。
近くに24時間診てくれる診療所もない。
山で暮らすことはもう無理だろうと、希望の光が消えました。
希望が無くなると、免疫力が下がるとともに、日常生活動作も下がり、悪循環となるのです。
ところが、家で死ねる、山で死ねるという1本の電話によって、自宅で最期まで過ごすことができるとわかり、希望の光が見えました。
それが元気の源になったのだと思います。