山の家で死ねる喜び

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

木下さんには、「家で死ねるよ」と言ったきり、医学的な治療はまだ何もしていません。
「最期まで家にいたいなら支えます」と伝えただけです。
でも、それが何よりの薬になったのでしょう。
なぜなら、それが木下さんにとって一番の願いなのですから。

娘さんの電話から2か月後、木下さんが痛みをこらえて初めて小笠原内科にやってきました。
「小笠原先生、私は本当に山で死ねるんですか?」
「大丈夫ですよ。山で死ねるようにしてあげるからね。僕の知っているお医者さんも、それほど遠くないところで開業しているはずだから、往診してもらえるように頼むし、僕も一緒に支えるからね。山で死ねるということは、山で最期まで生きるということでしょう。木下さんは山が好きなのだから、最後まで山の空気を吸って生きてくださいね」
その話を聞いた木下さんはとてもうれしそうでした。
「木下さん、せっかく遠くから来たんだし、今日はゾメタっていう点滴をしておこうか。痛みが和らぐよ。ゾメタは1か月に1回でいいんだからね」

その日はゾメタの点滴をして、50キロ離れた山へ帰っていった木下さん。
ゾメタを点滴して1か月後、木下さんが再び来院しました。
「おかげさまで少し痛みが減りました。また点滴をしてもらえますか」
家で死ねる、山で死ねるという安心感と、月に一度のゾメタによって、どんどん元気になっていった木下さん。
その後、緊急時や必要な時の往診してもらえる連携医との顔合わせのため、初めて木下さんのお宅を訪れました。
「山の空気はおいしいね。ここにいたら元気になれるね」
と私が窓に近づくと、野生の猿が部屋をのぞき込んでいたのでびっくり。
お出迎えしてくれた猿にお菓子をあげようとすると
「先生、ダメ! 猿が住み着いてしまうでしょう!」と木下さんに怒られてしまいました。