小澤征爾さんの場合

近藤先生、「がんは放置」で本当にいいんですか? 近藤誠

食道がんと診断された人が、みんな亡くなるわけではありません。
たとえば、指揮者の小澤征爾さんは、2009年に人間ドックで食道がんが見つかりました。
そして、10年1月に食道をすべて切り取る手術を受けましたが、13年8月には45分間タクトを振り、本格復帰を果たしています。
がんの中には、転移する本物のがんと、放っておいても転移しない「がんもどき」があります。
小澤さんの場合は、本物のがんではなく、「がんもどき」だったのだろうと僕は思います。

その理由は2つあって、1つ目は、小澤さん自身が最初の記者会見で「年に1回受けている人間ドックで、粘膜の表面の浅い所に食道がんが見つかった。自覚症状はまったくない」と語っていること。
自覚症状がなく、検診で見つかった初期がんは、がんもどきのことが多いのです。
2つ目は、がんと診断されてから既に4年以上経っているのに、転移がないこと。
がんは、それが本物のがんであった場合には、3年以内くらいで転移が現れるケースがほとんどです。

本物のがんであれば、手術で取り除いても、抗がん剤や放射線で治療しても、がんが再発したり、ほかの臓器に転移したりして、やがて手の施しようがなくなります。
一方、がんもどきの場合は、放っておいても転移しません。
だから、がんもどきはよほど大きくなって、その臓器の機能が妨げられたりしない限り、治療する必要はありません。

そもそも、なぜがんで人が亡くなるのかと言えば、がんによって重要な臓器の機能が妨げられしまうからです。
がんで肺が機能しなくなれば、呼吸ができなくなって人は死にます。
がんで肝臓が機能しなくなれば、体内に取り込んだ様々な物質を解毒できなくなって人は死にます。
がん細胞自身が毒素を出したりするわけではなく、本物のがんは治療しても治療しても転移し、転移した臓器を次々に、あるいは同時多発的にダメにするために、人は死ぬのです。