家にいられる喜び

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

「いいですよ。じゃあ、明日の夜、ご家族と話をしましょうか。でも、話をする前に一度お腹の写真を撮って確認したいね。お腹にガスが写れば空気や食物が通る道があるということだから、人工肛門をつくれるからね。ガスが写らなければ、腸はがんで圧迫されているから、人工肛門は諦めましょう」
翌朝、写真を撮ると、やはり人工肛門をつくっても意味がないという診断でした。
そこでその日の夜、ご家族に小笠原内科に来てもらい、伊東さんの状況を説明しました。

「先生のおっしゃることはわかるけど、入院した方がいいのでは・・・」
というご家族に対し、伊東さんの人生を左右する大事な局面だと感じた私は、
「入院したらお母さんの笑顔が消えてしまうんですよ。お母さんは今、とてもうれしそうでしょう。ご飯が食べられなくても、家にいるだけで幸せなんです。モルヒネやサンドスタチンという腸閉塞の特効薬を使えば痛みも出ないし、何も心配いりませんよ」
と2時間ほどかけて説得しました。
すると最初は硬かったご家族の表情が次第に柔らかくなり、最期には”母を入院させてはいけない”という気持ちになったのです。
翌日、肩の荷が下りほっとした気持ちで往診に行くと、伊東さんの表情が今まで見たことがないほどの満面の笑みに変わっていました。
私が家で最期まで暮らすことに家族が賛成してくれたという安心感と幸福感が伊東さんを満面の笑みに変えたのです。
ところ定まれば、こころ定まるとは、まさにこのことなんですね。