先生から家族に話して・・

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

ある日のこと、伊東さん(70歳女性)がご主人と一緒に相談外来に来ました。
「先生、私は腸閉塞になる寸前なんです。やわらかい食事を心がけていますが、時々、おなかの痛みが出てしまいます。夜中に痛みが出ると夫にも迷惑をかけてしまって・・・。今、お世話になっている診療所の先生は、夜間の往診をやっていないので、小笠原内科で24時間対応をしてもらえませんか?」
「大丈夫ですよ。痛みが出ないようにしますから安心してください」
不安と痛みの関係は正比例のような関係なので、不安になるほど痛みは増します。
だから安心感を与えることが何より重要なのです。

在宅ホスピス緩和ケアを開始した伊東さんは、24時間対応をしてもらえるという安心感と、自宅で輸血や痛みを抑える医療用麻薬によって、笑顔が戻ってきました。
ところが、2か月経ったころ伊東さんはとうとう腸閉塞になり、嘔吐を繰り返して何も食べられなくなったのです。

深夜、訪問看護師からこんな電話がかかってきました。
「先生、伊東さんが入院するといっていますがいいですか?」
驚いた私は伊東さんに電話に出てもらい、話を聞きました。
「伊東さん、どうしたの? なんで入院したいの?」
「だって退院するとき、病院の先生から、腸閉塞になったときは人工肛門をつくるために入院してくださいねって言われたんです。それに、緩和ケア病棟に入院の予約に行ったとき、緩和ケア病棟の先生から、ここへ入院するときは人工肛門をつくってからきてくださいねって言われたので、とにかく人工肛門をつくりたいんです」
「そうなんだね。でもね伊東さんのお腹は巨大ながんだらけだよ。今の状態では手術もできないよ。人工肛門は腸につくるんだけど、その腸ががんで圧迫されていたら、人工肛門をつくっても意味ないよ」
私がそう答えると、伊東さんが言いました。
「そういえば、緩和ケア病棟の先生から、あなたの場合は人工肛門をつくるか諦めるか、病院の先生とよく話し合ってくださいねって言われました。やっとその意味が分かりました。小笠原先生がおっしゃるなら、入院しても意味がないんでしょうね。本当は家にいたいんです。でも家族には心配かけたくありません。先生から家族に話してもらえませんか」