妻を褒めてやってください

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

「以前、僕が奥さんに早く寝るように言ったら”うちは自営業だから夫に頑張って働いてもらって、子どもたちにおまんま食べさせてほしいんです。夫より先に寝ないことに決めているんです”って言われたよ」
「そういえば妻は、”いつもちゃんと寝て子どものために働いてね”って言ってました。そうか、妻は僕が寝るのを待っているんですね」
「そうだ、それしか考えられない。じゃあ僕はすぐ帰るね」
時計を見ると24時でした。
子どもたちを堀さんの両隣に寝かせ、ご主人も急いで布団に入りました。

深夜2時、ご主人の目が覚めた時、堀さんは穏やかな顔で亡くなっていました。
川の字で寝ている子どもたちと夫の姿を見て、安心して旅立たれたのでしょう。

初七日前日、小笠原内科へあいさつに来たご主人がこんな話をしてくれました。
「先生、妻を褒めてやってください。あれほど”死にたい、死にたい”と言っていた妻が、子どもたちのために笑顔で生き、11月には約束した温泉にも行けました。でも、それだけじゃないんです。”もう二度と学校に行きたくない。友達に会わない”と子どもがわんわん泣いて帰った時です。起き上がれることすらできなかった妻が、必死の思いで起き上がったんです。泣き叫ぶ子どもの話を、目を見開き、聞いてあげたんです。子どもが泣き止むと、声を振り絞るように言い切ったんですよ。”お母さんはねえ、今まで生まれてきて自分が不幸だと思ったことは一度もないのよ”と。先生、妻は35歳で死ぬんです。幼い子どもとも別れなくてはいけないんです・・・。妻の言葉を聞いて、子どもは胸を張って毎日、毎日、学校に行けたんですよ。先生、嬉しいじゃないですか。妻を褒めてやってください」