不思議な現象

なんとめでたいご臨終 小笠原文雄 

歩けなくなった妻を見て、ご主人は覚悟していました。
しかし当の堀さんはこんなことを言ったのです。
「先生、腹水を抜いたらまた歩けるようになるんじゃないかしら」
「じゃあ、一度検査をしてみようか」
その結果「堀さん、腹水は抜くほどたまっていなかったよ」
と私が検査結果を伝えると、堀さんは嬉しそうに言いました。
「よかった、先生。11月に子どもたちと温泉に行く約束をしたの。ありがとう」

11月15日の夕方、訪問看護師から「堀さんの脈が触れません」という報告があったので、「じゃあ、そろそろお別れだね」と返事をしました。
訪問看護師はご主人に「もうすぐお別れだと思います。これからは大切な最期の時をご家族だけで過ごされたらいかがですか。もし、苦しまれることがあったら座薬を使ってください。何か困ったことがあれば、いつでもお電話くださいね」
と伝え、堀さんの自宅をあとにしました。

その後、堀さんのご主人から私に電話があったのです。
「先生、おかしんです。妻がゼイゼイいって苦しそうです」
「苦しんでる! これはいかん」と緊急往診に向かいました。
堀さんの自宅までは遠いので、到着したときには23時ころになっていました。
堀さんを診ると苦しそうです。
大声で名前を呼び、肩をゆすっても反応はなく、脈も触れません。
「痛覚がないから苦しくないはずだけど、どうしたのかな。でも脈は触れないし、すぐ亡くなると思うよ。僕も一緒にいるね」

ところがその後も、呼吸をしたり止まったり、通常では考えられない状況が続きます。
普通は血圧が下がり、脈が触れなくなると、そのまま穏やかにスーッと亡くなるのですが、堀さんは脈が触れなくなってから、すでに数時間が経っていました。
なぜだろうと考えるうちにハッと思い出し言いました。