肉体は滅びても

今日が人生最後の日だと思って生きなさい 小澤竹俊

奥さんが亡くなってから、ご主人は料理をする気も起らず、スーパーの出来 合いの総菜ばかり買っていました。
そんなる日、やはりスーパーの総菜売り場で迷っていると、ふと「そんなものばかり食べていたら、体を壊すわよ!」という奥様の声が聞こえた気がしたそうです。
それ以来、何か買おうとするたびに、あるいは何かをしようとするたびに、ご主人は「女房は何というかな?」と考ええるようになりました。
亡くなった後も、奥さんはご主人の中で生き続けており、ご主人は自分は1人ではないと確信することができました。

また、別の女性の患者さんには2人の小学生の娘さんがいました。
幼い子たちを残してこの世を去るのが、心配で仕方がないというその患者さんに、私は次のように尋ねました。
「あなたにとってお母様はどのような存在だったのですか?」
それに対する彼女の答えは「いつも私のことを一番に考えてくれる、大好きな母でした。今でも、近くで私のことを見守ってくれているような気がしてなりません・・」というものでした。
次に私が「では、お母様は今のあなたに何と声をかけてくれるでしょうね?」と質問すると、彼女は「いつまでくよくよして下ばかり向いているの!って怒られてしまうかもしれません」と答えたのです。
そこで私は言いました。
「あなたも同じではないですか? いつまでも娘さんたちのそばにいて、優しい言葉をかけたり、時には叱ったりできるのではないですか?」

この会話を通して、患者さんは「たとえ肉体はこの世から去っても、自分と言う存在は娘たちの近くに居続けられる」と気づいたそうです。