家はええなあ

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

余命数週間の平野さんの寝ている部屋でカンファレンスを行っているときでした。
突然、平野さんがむくっと起き上がり、歩き出したのです。
みんなが唖然としている中、今度は奥さんの日本舞踊の傘を担ぎ出しました。
これにはみんな大喜びして、記念撮影です。
なぜなら平野さんは、以前脳梗塞になり、半身まひで歩くのもおぼつかない状態だったからです。
しかも退院当日は、急激に病状が悪化し、ストレッチャーを使って自宅に入るほどでした。

歩けるようになった平野さんは、大好きなデイサービスに行ったり、娘さんと外食に行きながら、自宅での日々を過ごしていました。

娘さんは「病院って管理された中で生きているという感じですよね。トイレに行くのもリハビリの一環で歩かされているという感じで、自ら歩いていこうという感じではなかったんです。でも、退院してからの数週間は人間らしいというか、何度も”家はええなあ”って言うんです」と話してくれました。
そして、家族みんなが笑顔になれました。
父を見送る日が来たとき「ちゃんと父を看取れた、見送れた」という実感が湧くような気がします。
死ってわからないから怖かったんですが、父を見送ることで、少し受け入れられる気がします、とも言っていました。