外科医は手術をやりたい

近藤先生、「がんは放置」で本当にいいんですか? 近藤誠

外科医たちの「手術は手放なさい」という決意が、いかに強固であるかを象徴する事件が2つあります。

1つは、慶応病院の耳鼻科と放射線科の合同カンファレンスでの出来事です。
喉頭全摘術(のどぼとけをかき切ってしまうので、発声も呼吸も普通にできなくなる)が行われた喉頭がんケースが提示されたとき、私はたまらず言いました。
「この進行度でも放射線治療で手術と同じ成績を出せるという報告があります。今後、Ⅲ期には放射線治療を行ってみてはどうでしょうか」と。
すると喉頭がん治療班のリーダーである、耳鼻科のM助教授は次のように言い放ち、タバコを加えてそっぽを向いてしまったのです。
「若い医者のトレーニングのためにも、手術が必要だからね」と。

2つ目は乳がんに関する事件です。
僕が温存療法を始めたという新聞記事を見て、Sさんという30代の女性が87年に慶応病院を訪れました。
病院受付では、乳がんなら外科だということで乳腺外科に回され、Sさんは外科病棟に入院し、乳房全摘手術を待つばかりになっていました。
問題は、一切僕に知らされなかったことです。
僕はそのことを偶然知って、間一髪、Sさんを救出し、別の病院で温存療法を実施しました。
彼女は、病棟の外科医やナースたちに、僕や温存療法のことをしきりに尋ねたのですが、一向に僕がやって来ないので「自分のガンは温存療法に向いていないから近藤先生が現れないのだろう」と勝手に思い込んでいたといいます。
これは犯罪だと思いました。
患者をだまして乳房を切り取るのは傷害罪ですが、乳房は女性の命です。
そのように女性の人格を踏みにじってでも切るぞという外科医たちの執着、執念を感じ、空恐ろしくなりました。
そして、手術する医者たちに何を言っても無駄だ、社会に情報を発信してがん治療の現状を知らせようと心に誓ったのです。