入所させるなら木曽川に飛び込む

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

上村さんは(82歳 女性 認知症 介護4)、小笠原内科に通院している患者さんでした。
認知症がひどくなり、通院できなくなったので、在宅ホスピス緩和ケアを開始しました。
ところが徘徊も多く、そのまま一人暮らしをしていては危険です。
そこでグループホームへの入所を勧めることにしました。
「なっちゃん、そろそろグループホームに入所したらどう?」
と聞くと、なっちゃんは血相を変えてこう言ったのです。
「入所させるなら木曽川に飛び込む!」
「どうして木曽川に飛び込むの?」
「絶対入所はしない。死ぬまでここにいる」

困った私は、なっちゃんの甥に連絡を取り
「認知症がひどくなって徘徊も多い状態です。このままだと交通事故に遭うかもしれないので、どうするか決めてください」
と伝えましたが
「僕が成年後見人になって責任を負います。叔母の希望通りにお願いします」
と甥が言うので、そのまま在宅ホスピス緩和ケアを継続することにしました。

上野千鶴子さんが、なっちゃんの訪問診療に同行した時のことです。
上野さんが挨拶しても、なっちゃんはにこりともしません。
質問しても何も答えてくれません。
でも、心を開いているヘルパーには満面の笑みです。
誰だかわからない人には警戒して笑顔を見せません。
認知症の人は、そういう意味で正直なのかもしれません。
悲しいことに、20年間主治医をしている私のことも忘れています。
私がなっちゃんの胸に聴診器を当てると、なっちゃんは「エッチ!」と言って怒ります。
しばらくして聴診器に気が付くと「あ、先生さまですか」と笑顔を見せてくれます。