住みたいところに住めない・・・

何とめでたいご臨終 小笠原 文雄

辻本さんが住む岐阜市加納という地区は、岐阜駅から近いこともあり、3万円以下の借家はなかなか見つかりません。
見つかった部屋は結局、4km離れた場所にある、家賃28,000円のきれいな長屋でした。
しかし、入居者はほとんどいません。
辻本さんは生活音も聞こえない環境で、いつも一人。
それまで遊びに来ていた友人も、だんだん足が遠のいて、しばらくすると誰も来なくなりました。
ヘルパーさんも1日に1~2回、訪問看護師は月に1回入るだけでした。
友達も来ない、介護者や看護師の出入りも少ない中で、辻本さんはどんどん孤独感が増してきました。
そして「死にたい」「もとのところに帰りたい」と言うようになった辻本さんは、生きる気力も希望も失い、みるみる体力が落ちていきました。
そして、誰も話す人がいない環境の中で、あっという間に認知症になってしまいました。

すると今度は、ひとり暮らしの認知症ということで、グループホームへの入所が決まったのです。
その後、グループホームで6年間生きた辻本さんでしたが、「もとのところに帰りたい」という願いは叶わぬまま、旅立たれました。