シンセイ天皇

いのちの言葉 精神科医 なだいなだ

病院にはたくさんの天皇がいました。
シンセイ天皇というのも面白い人でした。
鍵を開けて表に自由に出させてあげるから、かわりに病院のゴミ拾いなどをやってくれないか、と言ったら引き受けてくれました。
仕事もきちんとやってくれました。
それを見ながら、本当に自分を天皇だと思っているのだろうか?と思い、からかっちゃったんですね。

「あんた天皇じゃないか。天皇なんて尊いお方が、ゴミ拾いで満足しているはずがないだろう」って。
そうしたら「私は天皇だ」と言います。
「あんた、もうずっと前にそれが妄想だって気づいていたんじゃないのか」と言いましたら
「いや、私は天皇です。私はあの終戦の日、天皇であるがゆえに、この日本を敗戦に追い込んだ。戦争をはじめ、街を焼かれ、そして何百万人もの親を失わせ、子どもを失わせた。その責任を感じたからこそ、東京の真ん中から逃げてきたんだ」と。
「じゃあ、今、あそこにいるのは」と聞くと、あれは偽物だって言います。
「どうして偽物をおいたのか」と聞くと、「だって天皇がいなくなると、混乱するだろう。しかし、私の気持ちとして、責任を取るために、どんなにつらい思いでも耐えることにしたんだ。汚い仕事や何かを頼まれたら、喜んでやろうと思っていたから、ありがたいと思っているんだ」と、こう言いうのです。