ガンが可愛い

なんとめでたいご臨終 小笠原文雄

15年間ガンを育てた秋山さん(80代 女性)の事例です。
秋山さんは、65歳で乳がんと診断されてから15年間、治療を拒否していました。
その理由は、手術が嫌い、抗がん剤は髪が抜けるなど副作用が強い、仕事や趣味を通して輝き続けたい、ガンと仲良く暮らせば10年は生きられると信じていたからでした。
10年くらいは夫にも内緒にし、目立ち始めたガンにさらしをまいて隠しながら人生を謳歌していました。

秋山さんが80歳になったある日のこと、秋山さんのご主人から緊急往診を依頼されて自宅に行くと、秋山さんは苦しそうに訴えます。
「先生、激痛で動けません。一睡もできないんです。助けてください」
すぐに酸素吸入とソル・メドロールの点滴、利尿剤のラシックスやモルヒネを使い、訪問看護師がフットセラピーを行いました。
しばらくすると秋山さんが落ち着いたので、余命を判断する指標の1つであるアルブミンの検査をしました。

「アルブミンの値は4~5㎗ぐらいが正常ですが、2を下回ると亡くなることが多いんですよ。奥さんの値は1.8でした」
するとご主人は「そうか、もうすぐお別れだね」と覚悟されました。
ところが、在宅ホスピス緩和ケアを開始して数日後の訪問診療中のことでした。
「先生、モルヒネのおかげで痛みが取れて、一安心です。呼吸も楽になったので夜もぐっすり眠れるんですよ。それに、私のガン、ぼろっと落ちてすっきりしたでしょう?」
秋山さんが在宅ホスピス緩和ケア始めたときは、ガンが飛び出し、ガンによる悪臭もしていました。
この塊はボトっと落ちることがあります。
塊が落ちると出血するので、さらしを巻いたり、輸血をします。
それを繰り返すうちに、1年3か月後にはすっきりしました。

すると秋山さんは嬉しそうに言ったのです。
「ガンがかわいい。今が一番幸せ」
私は驚いて目を見開きましたが
「そうだよね。秋山さんの分身だものね。よかったね」と答え、一緒に笑顔になりました。