すべてをやり終えて

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

死後の段取りをお願いした谷さん。
アパートから出る時は、人目につかないように衝立などで隠してほしい。
黒い車に乗せてほしい。
通夜、葬儀、その後の法要はしなくてもいい。
納骨だけはしてほしい。
遺言書の作成。
すべてをやり終え、安心した谷さんは、梅の花が咲くころ最期の誕生日を迎えました。
その日、谷さんの部屋には医師や看護師が10人ほど集まって、花束を渡してお祝いの歌を歌い、谷さんと1時間くらいおしゃべりをして過ごしました。

また別の日に私が訪問診療に行くと、谷さんが興奮気味に語ります。
「先生、私ね、40年ぶりに兄を”お兄ちゃん”と呼べたんです。かわいい妹に戻れたんです。昔のように素直な女の子になれたんです。うれしかったわ~」
「よかったねえ。お兄ちゃんも喜んだでしょう」
「先生っていいね。人を幸せにできて・・・。社会貢献しているんだものね。私もしたいな」
「だったら、谷さんの生きざまをたくさんの人に伝えたら?」
「あっ、そうか。何もできなくても、そういう手があるんだね。先生、お願い。私の生きざま、みんなに伝えて!」
とこれまでの人生や今の想いを話してくれたのです。

そして桜が散った数日後、谷さんは在宅ホスピス緩和ケアを受けるために借りたアパートで、希望死、満足死、納得死をされました。