くよくよせんこっちゃ

寿命が尽きる2年前 日下部羊

私がデイサービスのクリニックに勤務していたとき、耳の遠いOさんという人が通院してきました。
年齢は83歳男性。
補聴器をつけていますが、大きな声で朗らかにしゃべる人でした。
「80を超えたら、もう生き過ぎや!」が口癖で、「早うあっちへ行きたいにゃけどな。長生きしても、なんにもええことあらへん!」と、死を心待ちするようなことを言っていました。

老化現象に顔を歪め、不如意を嘆く人が多いのですが、Oさんはいつも明るく、しょっちゅう大きな笑い声をあげていました。
私がその秘訣を聞くと、「くよくよせんこっちゃな・・」と答えて、「ワハハハハ」と笑います。
「死ぬのを怖がる人もいますが、Oさんは怖くないですか?」
「そりゃあ、死ぬのは怖くないな。死んだらなんにも分からんもん」
「どうやったら長生きできるとか、考えませんか?」
「考えんな。長生きなんかしとうないもん」
実にあっけらかんに答えるので、私はもう少し厳しいことを聞いてみることにしました。
「でも、これから老化が進めば、寝たきりになるかもしれませんよ。それは嫌でしょう?」
「それはいややな。けど、考えたってしょうがない。寝たきりになるやつはなるし、死ぬやつは死ぬよ。軍隊でもそうやった。ようけ友達も死んだけど、お守りを両手一杯に持っていても、死ぬやつは死ぬ。千人針を巻いていても同じやよ。あれ、シラミがわくんですわ。そやから火にくべてね。お守りも同じや。よけいなものをぶら下げとっても仕方ないから、全部燃やしたんや。ワハハハハ」

人間の力ではどうにもならないことが、現実にはあるようです。
それを思い通りにしようとするよりも、Oさんのように、ドライに受け止めたほうが、精神的にははるかに楽でしょう。