下座に生きる 3

「おい、どうでぇ!」
ところが少年は「うんともすんとも」言いません。
三上さんは怒鳴りました。
「せっかく見舞いに来たんじゃねえか。なんとか言えよ!」
ところが、その声が終わるか終わらないかのうちに
「うるせえ!」
という言葉が返ってきました。
こんなに痩せた体のどこから出るかと思われるような大きな声でした。
院長が小声で「こりゃあダメですな」と言い、「退散するしかないようです」と付け加えました。
「そうですね」三上さんもあきらめ、部屋の出がけに、「おい、帰るぜ!」と怒鳴りました。そして、引手に手をかけ、もう一度振り返ってみました。
すると意外なことに、少年が燃えるような目でこちらをじっと見つめていたのです。
その目に、どうしようもない孤独の影が見えました。
人恋しいのに、その恋しい人が来れば本心とは裏腹に顔をそむけてしまう。
それでいて、その人が去れば後を追いかけたくなるのです。
素直に気持ちを表現できないのです。

三上さんが向き直ると、少年はあわてて顔をそむけます。
三上さんはベッドの所まで引き返しました。
顔を隠そうとする少年の顔を、伸びあがって後ろから覗いてみると、涙が頬を伝っていました。
寂しい涙でした。
それを見た途端、三上さんは心を決めました。
今晩はここに泊まって、一晩なりとも看病しようと。

急いで廊下に出て、その旨を院長に言うと、院長は語気強く言いました。
「それはいけません。開放性の結核ですからうつります」
「でも、我が子ならそうするでしょう。お願いします」
「とは言っても・・・しかし・・・」
迷う院長に三上さんは再度言いました。
「うつるかどうか、分かりません。明日はどうなろうとも、今日一日は誠でありたいと私は思います。今日一日誠でいられれば、明日死んでも満足です」