頼まれごとを一生懸命に

私が幸せだと思った瞬間に、その人にとってのみ幸せな状態なれます。
それなのに私たちは何故、幸せを感じにくくなったのでしょう。
それは学校教育で、比べあうことしか教わらなかったからでしょうか。
人より抜きんでることが、幸せなことなのだと思わされてきたからでしょうか。

人生には折り返し地点があります。
行きが向かい風なら、帰りは追い風、行きが追い風なら帰りは向かい風というように、帳尻があうようになっているようです。
人生の前半は求める心が強いほど追い風になり、人生の後半は執着心を捨てる心が追い風になるといわれています。

頼まれごとを一生懸命にやっていると、自分がある方向に動かされていくのに気づきます。
いつの間にか、自分がやるべき方向性が見えてくるのです。
頼まれごとがあるというのは人から必要とされている証拠ですし、人から喜ばれる存在であることが人生の目的になるのではないでしょうか。

「雑用とお茶くみは気に入らない」と言っている人は、どんな仕事がきても多分一生懸命にやらないでしょう。
気に入る仕事と気に入らない仕事を分けている人には、頼みごとはしづらいです。
好き嫌いを言っている人には、重要な仕事を任せられませんので、責任のない仕事しか回ってこなくなるのです。