選択

選択について、面白いデータがあります。
スーパーの試食品コーナーに、24種類のジャムと6種類のジャムを並べた実験についてです。
6種類のジャムを試食品として並べた場合、30%の試食者が購入したのに対して、24種類のジャムを並べた場合は、試食者の3%しか購入しなかったといいます。
人は選択肢が多ければ多いほど自由が増すように見えますが、実は選択肢が多くなりすぎると、選ぶこと自体を放棄してしまうのだそうです。

今度は重い選択です。
重い脳障害を持って生まれ、生命を維持できても植物状態となる可能性が高い赤ちゃんの延命治療を続けるか中止するか、という決断です。
アメリカでは通常、親が中止の判断を下さなければなりません。
フランスの場合は、親が異議を申し立てない限り、医師が決定を下すことが通例です。
その後を追跡すると、フランスの場合「こうなるしかなかった・・」という確信を口にするのに対し、アメリカの親の場合は、自分で決断したために、時を経ても後悔や罪悪感に悩まされてしまう傾向にあることが報告されています。

大きな選択は、やはり難しいものです。
私の場合も、いくつか決断を迫られるような分岐点に立たされたことがあります。
不思議ですがその時、選択肢が道の向こうから示されたような気がして、そちらを選んだら結果的に満足できました。
大切なことは、どんな結果が待っていようと、洗濯した自分を尊重できるか否かなのでしょうね。