議論を避ける

所得税の顧問をやっているパーソンズが、ある時、税務監察官と議論を戦わせていた。
パーソンズは「9000ドルは事実上の貸し倒れであり、回収不能であるから課税の対象にされるべきではない!」と主張していた。
それに対し監察官は「貸し倒れだと!バカバカしい、当然税金の対象になるに決まっている!」と主張し、どうしても承知しなかった。

そこでパーソンズは、議論をやめて話題を変え、相手を称賛することにしたのである。
「監察官、本当にあなたの仕事は大変ですね。この問題などはほんの些細なもので、もっともっと重要な難しい仕事をなさっているんでしょう。私も商売柄、租税に関して勉強していますが、それは本からの知識に過ぎません。あなたは、多くの経験を通して問題を解決してきているのでしょう。それは素晴らしい経験だと、思うことが良くありますよ」
すると監察官は、ゆったりと椅子に掛け直して、得々と自分の仕事に就いて話し始めた。
自分の摘発した巧妙な脱税事件の話しをするうちに、その口調もだんだん打ち解けてきた。
しまいには、自分の子供のことまで、私に話して聞かせた。
帰りがけに彼は、「問題の項目をよく精査した上で2~3日中に返事をしよう」と言い残した。

三日後、監察官は私の事務所に来て、税金はあなたの申告通りでよいと言ってくれた。
彼は重要感を欲していたのである。
パーソンズと論争している間は、権威を振り回すことによって重要感を得ていた。
ところが自分の重要感が認められ議論が終わり、自我の重要感が拡大されると、たちまち彼は思いやりのある親切な人間に変わったのだ。

憎しみは、憎しみをもってしては、永久に消えない。
愛をもってして、初めて消えるのである。