抗がん剤をやめる勇気

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

がんになった患者さんにとって、抗がん剤は使い始めるよりも、やめる時の方が勇気と覚悟がいるでしょう。
ある日、愛知県に住む根岸さん(60歳 男性 悪性リンパ腫)の奥さんが、相談外来に来て言いました。
「先生、夫は10年間、抗がん剤治療をがんばってくれました。でも、もう心身ともに限界だと思うんです。今後どうしようと考えていたら、小笠原先生を紹介されました。夫はどうしたらいいでしょうか?」
「がんばってこられたんですね。ご主人が残された人生を朗らかに生きる、笑顔で死ねる、そういう生き方がご希望でしたらご協力しますよ」
私はこう答え、1時間ほど在宅ホスピス緩和ケアの話をしました」

「ありがとうございます。でも主人は抗がん剤をやめるかどうか、まだ迷っています。もう一度、主人と病院の先生と相談してみようと思います」

それから数日後、根岸さん宅に往診に行くと、ベッドで横になっている根岸さんから尋ねられました。
「先生、在宅ホスピス緩和ケアってどういうものですか。私は長生きしたいんです。抗がん剤をやめるかどうか迷っています」
「そうだねえ、在宅ホスピス緩和ケアは、笑顔で生き、ピンピンコロリと旅立つことですよ。病院の先生が”抗がん剤を使わない方がいい”って言われるなら、効果がないという意味だと思うよ」

1時間ほど話をすると、抗がん剤をやめる決心がついた根岸さん。
その後、在宅ホスピス緩和ケアを開始した根岸さんは、表情が次第に穏やかになり、抗がん剤による痛みと闘っていた時とは、全く違う顔になっていました。
ところが、2か月経ったころ、根岸さんからこんな電話があったのです。