エリート意識

いつでも死ねる 帯津良一

ある患者さんは、主治医から抗がん剤を勧められました。
でも、本人はできれば抗がん剤をやりたくないと思っています。
そのことを正直に話したところ、主治医からはこう言われました。
「それなら、ここへ来ても仕方がないから来ないでください」

他の業界なら、こんなことは通用しません。
どんな難しい注文であっても、できるだけお客さんの要望にこたえられるように努力します。
医療というのは、確かに人の命にかかわる仕事ですから、他の仕事とは一緒にできないところもあります。
しかし、だからといって、患者さんが嫌だと言っているものを無理強いして、言うことを聞かなければ「来なくていい」と突き放していいものでしょうか。
私に言わせれば、そういう医者の態度の根っこにあるのは、エリート意識です。
エリート意識というのは、人間を堕落させる大きな要因になっていると、私は感じています。

なぜ医者にはエリート意識があるのか、私にも心当たりがあります。
私がバリバリの外科医だったころは、いい手術をして、患者さんのためになりたいという思いで腕を磨き、毎日毎日、全身全霊をかけて手術をしていました。
しかし、当時の私は、患者さんの心にまで思いを馳せることはありませんでした。
患者さんは壊れた機械で、自分は修理工という関係になっていたのです。
そうなると、患者さんは素人で自分はプロなんだという、上から下への目線が出てきてしまいます。
その目線が当たり前になってきて、何だか、自分は偉いのだという錯覚が生まれてくるのです。