リクエスト 1

僕が20歳の頃、バイトをしていたガソリンスタンドでの話。
そこにKさんという、メガネの似合う真面目な社員さんがいた。
同じ年の奥さんと5歳の娘さんがいるKさんは、他の誰よりも一生懸命に働いていた。
2月のある日、いつも通りの静かな平日の昼に”洗車祭り”と書かれた幟が冷たい風を受けてなびいていた。
幟の律儀な並び方を見るだけで、今日のオープン作業をしたのはKさんだと分かる。

僕はKさんと二人で、洗車機を通した後の車を仕上げる作業をしていた。
外に出て、濡れたタオルを使って車を拭くのだが、冬なのでこの作業が地獄のようにつらかった。
ポケットに入れたカイロで何度も手を温めながら、僕たちは黙々と作業をする。
不意にKさんに「今日で俺28歳になったんだよな・・」と声をかけられた。
Kさんは一生懸命BMWのフロントガラスを拭いていた。
「そうだったんですか、おめでとうございます」
あわててそう言ったものの、Kさんの微妙な表情が気になった。
Kさんは「でさ」と言いかけていったん黙り、そして店長がオイル交換のために奥の作業場に消えていくのを見届けてから「そろそろ、この仕事辞めようかと思ってさ!」と言った。
「辞めるんですか?」聞き違いだと思った。
「いやあ、ここだけの話、すぐっていう訳じゃないんだけど・・・。なんか資格でも取って別のことを始めようかと思ってさ。ほらこの仕事って、重労働のわりに実入りがちょっとね・・・。他のガソリンスタンドもどんどん潰れていってるっていうし、やっぱり嫁と子供にももうちょっと安心させてやりたいじゃん」