生きる 8

48歳の外科医の男性が、ガン治療の後遺症で手にしびれが残り、「もう外科医としては働けないかもしれない」と悲観し、カウンセリングを受けました。
「どうして医師になったのですか?」とカウンセラーが聞くと、「それしか選択肢がなかったからです」と答えました。
さらに「自分は本当に医師になりたかったのか、医師に向いているのか、それすら分からないのです」と言います。

男性の母方は、親族に医師の多い家だったそうで、男性は一人っ子で、物心がついたころから「あなたには立派な医師になってほしい」という有言無言のプレッシャーを、お母さんから受けながら育ったといいます。
医大を卒業し、外科医としてのキャリアが始まったときは「祖父のように一流の外科医にならなければだめだ」というようなプレッシャーを強く感じたそうです。
男性は「一流の外科医」になることでしか、お母さんに愛してもらえないという強迫観念があり、それで人一倍頑張ってきたのです。

カウンセリングを重ねるうちに、男性は徐々に自分を許せるようになり、小さいころから母親の期待に応えようと頑張ってきた自分を慈しむ気持ちが湧いてきました。

最後に男性は、「今まで最高の医療を提供しようと思っていたけれど、それは立派な外科医である自分を確認するためで、実は自分本位だったんです。部下に厳しかったのも、自分が無理して頑張ってきたのに、若い医師がのびのびとしていられることが羨ましくて許せなかったのです」と言いました。
「そしてこれからは自分本位ではなく、本当の意味で困っている人の役に立ちたいと思います」と、しみじみ言いました。

今まで男性を縛ってきたもう一人の自分は、男性の人生に役に立ってこなかったわけではありません。
男性が母親に認めてもらうためには必要だったのです。
もう一人の自分は、男性に涙ぐましい努力をさせ、その結果、外科医として多くの患者さんを救ってきました。
でも、男性の気持ちは窮屈で苦しく、悲鳴を上げていたのです。