父との約束

ココロの架け橋 中野敏治

父親が帰っているだろうと思う時間に、彼の家を訪ねました。
家の中は真っ暗です。
玄関から大きな声をかけると、彼の妹が出てきました。
「お父さんは、まだ仕事?」と尋ねると、「お兄ちゃんと一緒に床屋に行った」というのです。
妹に床屋の場所を教えてもらい、その床屋に行きました。

そっと床屋のドアを開けると、彼が椅子に座り床屋さんに髪を切られる瞬間でした。
彼の横には、父親がじっと彼を見て立っていました。
私はその光景に驚き、挨拶もせず、いきなり「どうしたのですか?」と父親に声をかけました。
振り向いた父親の目は涙で一杯でした。
「こいつに、けじめをつけさせるんです」と、静かな口調の中に強い決意を感じました。
「先生、こいつ2度目ですよ。あれだけ約束したにもかかわらず」と言いながら、彼を見つめているのです。
そして「先生、これは俺と息子との約束です」と話しを続けました。
彼は何も話さず、あふれる涙を拭きもせず、鏡に映っている自分の顔をじっと見ているだけでした。