杜子春 4

「心配しなくてもいいんだよ。私たちはどうなっても、お前さえ幸せになれるなら、それでいいんだからね。大王が何と仰っても、言いたくないことは黙っていていいんだよ」
それは懐かしい、母の声に違いありませんでした。
杜子春は思わず目を開けました。
母は力なく地上に倒れたまま、悲しそうに杜子春の顔へじっと目をやっている。
母親はこんな苦しみの中にも、我が子を思いやって、鞭に打たれたことを恨む気色さえありません。
大金持ちになればお世辞を言い、貧乏人になれば口も聞かない世間の人と比べると、何と深い愛情だろうか。
杜子春は、仙人との約束も忘れて、転がるように母のもとへ走り寄り、はらはらと涙を落としながら「お母さん!・・」と一声叫んでしまったのだ。

杜子春は、夢が覚めたように夕陽を浴びた都の西門の下に、ぼんやり佇んでいた。
すべてが峨眉山へ行く前と同じであった。
仙人は厳かな顔で杜子春に言った。
「もし、お前が鞭を受けている父母を見ても黙っていたら、わしは即座にお前の命を絶ってしまおうと思っていたのだが・・・」

果たして、親の心に鉄の鞭を振るってきたのは誰なのだろう。
親が心で泣いているのに、目をつぶってきたのは誰なのだろう。
皮が破れ、骨が砕けるような苦労を身に受けても「お前さえ幸せになれるのなら!」と、微笑んでくださる方が「親」以外にいるだろうか。
「自分さえよければいいと思っているのだな!」という、閻魔大王の叱責は 、我が身に向けられているのではないだろうか。