下座に生きる 10

「お父っつあん!」
「卯一、何だ。お父っつあんは、ここにいるぞ!」
もう駄目だった。
大声を上げて卯一は泣いた。

18年間、この言葉を言いたかったのだ。
わあわあ泣く卯一を、毛布の上から撫でさすりながら、三上さんも何度も鼻を拭った。
明け方、とろとろと卯一は寝入った。
三上さんは安らかな卯一の寝顔に満足し、一睡もせず足をさすり続けたのです。

「おっさん、昨日、病院の人たちに話しをしたと言うてたなあ・・」
白み始めた早朝の薄明りの中で、いつの間にか目覚めたのか、卯一が言った。
「ああ」
「俺にも話してくれ・・」
「聞くかい・・」
「うん、聞かせてくれ・・」
「今朝は高校に行かなきゃならんので、長い話しはできんが・・・。卯一、お前何のために生まれてきたか知っているか・・」
「何じゃ、そんなことか。男と女がいちゃいちゃしたら、子どもができらあ!」
「そんなんじゃなくて、生まれてきた意味だよ」
「そんなこと、分かるけ。腹が減ったら飯を食うだけさ」
「飯を食うだけじゃ、寂しかないか。それだけじゃないぞ、人生は」
「・・・」
「誰かの役に立って、『ありがとう」』言われたら、うれしいと思うだろ。あれだよ、あれ。お前が昨夜から何も食べていないという女の子にパンをやったとき、その子は『お兄ちゃん、ありがとう』と言っておいしそうに食べたろ。それを見て、お前もうれしかったろ。誰かの役に立てたとき、人は嬉しいんだ。お前、今まで誰かの役に立ったかい?」
この質問は酷だった。
何かを考えているようだった卯一は、投げ出すように言った。