砂浜は歩くのにつらいかもしれないが足跡が残る

心あたたかな医療を 遠藤順子

主人の死に方を見ていてもそうでした。
最期の頃になると、息子は強くて凛々しかった父親が、だんだん弱くなり、哀れになっていくのを正視できない様子でした。
そんな息子に主人は「人間が死ぬっていうのは大変つらいものなんだ。よく見ておけ」と言ったそうです。

息子が18歳になってからは、これからは母親がいても息子にとって有害なだけだ。
俺が教育すると言って、まだ高校生の息子をバーに連れていったり、競馬などのギャンブルを教えたりしていました。
息子がテレビ局に入った時には、息子と2人で江の島まで遊びに行きました。
その帰り道で、主人は息子にアスファルトの道を歩かせ、自分は砂浜を歩いたそうです。
そして砂浜が途切れると、こう言ったそうです。
「後ろを振り返ってみろ。俺の歩いてきたのは歩きぬくいつらい道だったけれど、ちゃんと足跡が残っている。サラリーマンはアスファルトを歩くような仕事が多いかもしれない。そのアスファルトを歩いて、足跡を残せれば、それは立派なものだ。しっかりやれ!」

1人の人間ができることは知れていますが、主人はよく、自分は捨て石になりたくないけれど、踏み石にはなりたいと言っていました。
1個の踏み石ではグラグラするでしょうけれど、志のある人がそのそばに、自分も自分もと言って踏み石を置いていけば、少しでも楽に歩ける道ができると思います。