生きることの楽しさ なだいなだ
40年以上前になりますが、アルコール依存症の患者さんたちを診ていました。
アルコール依存症の患者さんというのは、それまで診てきた中の誰1人としてよくなっていない。
それなのに、その私が日本で初めてアルコール依存症専門病棟の責任者になるなんて、ふざけた話ではないかと思ったのです。
私を個人講義した先生は「アルコール依存は治らん。教授の俺がやっても治らない、それが助手のお前に治せるか。世の中そんなことは自明の理でわかっているから、お前が治せなくてもとやかく言われない」と言われました。
そこで、考えました。
治らないなら、患者さんに辛い思いをさせてまで閉じ込めておく必要はない。
「24時間カギは開けておくから、逃げたければいつでも逃げなさい」ということにしたのです。
私は単純に患者を逃がそうと思ってカギを開けたんですね。
逃げてもらった方が楽だから、ということで看護師たちも賛成してくれました。
しかし困ったことに、鍵を開けたのに誰も逃げてくれないのです。
そこで、なぜ逃げないのだろうとみんなで相談すると、18歳の若い看護師さんが「先生、そりゃあ電車賃を持っていないからですよ」と言いました。
それで「じゃあ、電車賃を持たせよう」と、患者さんにお金を持たせました。
ところが、それでも逃げません。
今まで5つの精神病院をすべて窓から退院したと威張っていた患者さんでさえ「生まれて初めて、玄関から退院します」なんて言うんです。
そこで、なぜ逃げなかったのかと聞いてみると「先生、日本に鍵を開けて、しかもお金まで持たせる病院がどこにありますか!」と言われました。
そこで初めて、患者さんから見れば「これはいい病院かもしれないな」ということに気がつきました。
同時に、治療の上でも効果があることに気づいたのです。