病気を見て、患者を見ない

医者ががんにかかったとき 竹中文良

いざ入院しても同じです。
私は最上階の11階の病室に入ったのですが、そこは非常に見晴らしの良いところで、特に夜景が素晴らしいのです。
しかし、自分が患者として入院してみると、夜景なんて全く見えません。
もっぱらどこを見ているかといえば、ドアです。
医者が入ってきてくれるか、看護師さんが入ってきてくれるか。
話をしたいという気持ちから、いつもそちらに集中していて、手術後に初めて外の景色に目がいったことを思い出します。

しかし看護師さんも、医者も、そして私もそうだったのですが、がんを治すということに夢中になっていくんですね。
そのとき、がんを持つ患者さんの心がどういう動きをしているのかということは、毛頭考えたこともありませんでした。
昔から「病気を見て、患者を見ない」という言葉があります。
一方で「これは大丈夫だよ。このくらいのものは完璧に治るよ」といった医者の何気ない言葉に、本当に安心し、心の安らぎを覚えるのです。