満足力と感謝力

寿命が尽きる2年前 日下部羊

もう1人、大変感心させられる人がいました。
86歳のNさんです。
彼女は3年前に胃ガンの診断を受けたのですが、高齢なので手術も抗がん剤の治療もせずに、自然な経過に任せていました。
ガンは一向に進行する気配を見せず、体調を尋ねても「はあ、おかげさんでご飯はおいしいし、どこも悪い所はありません」と答えるのが常でした。

ほんとうにガンだったのかと家族に確かめると、細胞の検査をした結果だから、間違いないとのことでした。
Nさんは若いころに子宮筋腫と胆石の手術を受けていたので、「手術といわれたときは心配しませんでしたか?」と聞くと、「いいえ、手術といわれたら、ああそうですかと切ってもろたんです」と答えました。
「2回もお腹の手術をするのは嫌じゃなかったですか?」
「病気やもん、しゃあないですわ。それに私はのんき者やから、細かいことが気にならんたちなんです」
「じゃあ、ご主人がいらっしゃったときは、夫婦喧嘩なんかあまりしなかったんですか?」
「はあ、主人はよう気のつく人で、なんやかやと怒っていましたけど、私は知らん顔で、ははは・・・」
Nさんは屈託なく笑いました。

Nさんは、息子さん一家と同居していて、家族のことを聞くと「はあ、息子は優しいし、嫁さんもようできた人で、何不自由なく暮らさせてもろてます。ありがたいことやと思うてます」と、しわだらけの顔をほころばせました。
さぞかし、裕福な家庭で、恵まれた暮らしをしているのだろうと思いましたが、家族面談で息子さん夫婦に会ってみると、家業は豆腐屋で、息子さんも特別親孝行というわけでもなく、お嫁さんに至っては「おばあちゃんは困ります」と不服顔さえ見せていました。

にもかかわらず、Nさんが「ありがたい」と感じるのは、満足力とか感謝力が強いからではないでしょうか。