下座に生きる 神渡良平
松下電器創業者の松下幸之助に仕えた後藤清一三洋電機副社長は、幸之助さんの人使いのうまさをこういうエピソードで語っています。
「あれは戦前のことやったなあ。幸之助はんが、わしを烈火のごとく怒ったことがあった。傍にあっただるまストーブを火箸でガンガン叩いて怒るんや。あまりの激しさにとうとう火箸が曲がってしもうた。わしは叱られてくしゅんとなって退出しようとすると、ダメ押しのようにさらにきつい言葉が飛んできた。『待ちなはれ、火箸をまっすぐ直してから出ていきなはれ』」
火箸を叩きのばしながら。わしは思うた。
「くそっ、こんな会社辞めたる！」
むしゃくしゃして家に帰ると女房が
「お帰りやす。お疲れでっしゃろ」とやけにやさしい。
ちゃぶ台にはごちそうが並んでいる。
なんのこっちゃと思って聞いてみると、幸之助さんから電話があったんだと。
「今日、清一さんをえろう怒ってしもうた。きっとむしゃくしゃして帰られるとおもうから慰めてやってや。わしは清一さんを頼りにしているから、あんなに怒ったんや。会社の雰囲気を引き締めないかんと思うたから怒ったんや。堪忍してや」
これには参った。
あんたを頼りにしていると幸之助はんが言ったと聞いて、わしは怒りがいっぺんに消えてしもうた、。
この人のためやら、命も惜しうないと思った。