末期がんの母を家に連れて帰りたい

なんとめでたいご臨終 小笠原文雄

エンゼルケアとは、患者さんの死後、心を込めてご遺体を吹き清め、新しい洋服に着替えさせたり、お化粧をしたりすることです。

ある金曜日の昼、上田さん(62歳 女性 結腸がん)の長男、次男、長女、長男の嫁、妹の5人が相談外来に来ました。
そして長男がこう言いました。
「母は末期がんと宣告され、今にも死にそうです。”家に帰りたい”と言うんですが、母は一人暮らしです。病院の先生に相談したら、小笠原内科に紹介状を書いてあげると言われてきました。先生、母は家に帰れますか?」
「家には帰れると思うけど、上田さんの家はどこ?」
「ここから20キロぐらいで、病院からは30キロぐらいです」
「そうなの。近くの先生と連携するから大丈夫だよ。でも病院から遠いから、家に帰る途中、車の中で亡くなることもあるかもしれないねえ」
私がそう言うと、それまで黙って聞いていた娘さんが言います。
「そんな・・・車の中で亡くなるなんて嫌です。そもそも一人暮らしで、最期まで家にいるなんて無理なんでしょう?」
と尋ねる娘さんに私は
「これまでにも、一人暮らしの患者さんを大勢看取っているから大丈夫だよ。でも、いつ亡くなるかわからないんでしょ。だったら、退院する帰り道に亡くなる可能性もあるよね」

と伝え、さらにこう続けて言いました。
「でもね、よく考えてみてください。家に帰りたいと願っているお母さんは、家に帰れるよと聞いた時から、心に希望が生まれませんか。家に帰れるという喜びの中で亡くなったとしても、希望死になるんじゃないかな。それとね、もしも車の中で呼吸が止まって、あっ、亡くなったと思ったら、ご遺体を車で運んではいけないよ。死亡診断書がいるからね。でも、呼吸が止まったみたいだけど、よくわからないと思えば、家に連れて帰っても問題ないからね」