抗がん剤を断り仕事に懸ける

なんとめでたいご臨終  小笠原文雄

多くの人は「仕事より命の方が大事じゃないのか」と思うかもしれません。
しかし、一級建築士としてお客さんの気持ちを第一に考えてきた遠藤さんは、入院治療をして多少の延命をするよりも、請け負ったばかりの新しい仕事をやりとげ、悔いの残らない生き方をしたいと思ったのです。
それはガンだったからできた選択でした。

患者さんの多くは、主治医の勧める治療を拒否すると、医師との関係が悪くなるのではという気持ちになったり、自分の決断に自信が持てないことから医師の勧めるままになりがちです。
しかし、他ならぬ自分の生命にかかわることです。
抗がん剤による効果だけではなく、リスクも含め、主治医から真実を引き出すことがとても大切なのです。

緩和ケア外来に来た遠藤さんは、私にこう尋ねました。
「先生、抗がん剤を断ったけれど、私の選択は正しかったのでしょうか?」
私はこう答えました。
「人生観の問題ですね。入院治療で苦しみに堪えて少しの延命をするのか、仕事をするのか、どちらがいいのかは残された人生をどう生きたいのかということだから、自分が輝ける方を選べばいいと思います」
すると遠藤さんは意を決したように言いました。
「がんが治るなら抗がん剤を使います。でも、たった1か月しか延命できないなら、仕事がしたい。抱えているプロジェクトをやり遂げるには半年かかると思います。間に合わないかもしれないけれど、やり抜きたい。だから仕事ができるように痛みを取ってください。お願いします」