なんとめでたいご臨終 小笠原文雄
それからは、訪問診療に行くたびに上松さんと焼酎で乾杯です。
「病院じゃ、酒は飲めないからな」
「そうですよね。僕だって患者さんと一緒にお酒を飲めるなんて、家だからですよ。奥さま手作りのおつまみも美味しいですね」
「そりゃあそうだ。わっはっはっ。やっぱり家はいいもんだな」
上松さんはモルヒネや心のケアによって痛みが取れ、お酒を楽しむのはもちろん、近所の繁華街にも出かけて、残された日々を朗らかに過ごしていました。
するとある日の訪問診療で、上松さんが突然こんなことを言ったのです。
「痛いときに焼酎をグイっと飲むと治るんだよね」
「えっ?、モルヒネじゃなくて焼酎でですか?」
「毎日4合も飲んでいるんだ」
「大好きな焼酎を飲んで、痛みも消えるなんて最高ですね」
そんなやり取りの後、上松さんへのモルヒネの投与は中止しました。
上松さんは、その後も大好きな焼酎を飲んで笑顔で生き、最期は穏やかに旅立たれました。
多くの患者さんの最期を見てきた医師が、在宅ホスピス緩和ケアを選択したという事実を、抗がん剤で苦しむ多くの患者さんに知ってもらいたいと思いこの事例を取り上げました。
それは、今も抗がん剤で苦しんでいる患者さんへ、上松医師が遺してくれた希望なのだと思っています。