人は死ぬから幸福になれる 島田裕巳
岸本は宗教学者です。
がんを通して死に直面するなかで、どうやって死に臨むかという死生観について深めていこうとしました。
そこには、しっかりとした死生観を確立することによって、死の恐怖を克服しようとする意図があったように思われます。
しかも、一度神を捨てた人間ですから、宗教に頼らない死生観を築こうとしていきます。
そうした学問的な格闘の中で、岸本が最後にたどり着いたのが、「死は別れのとき」という認識でした。
死を別れとして捉えることで、死から恐怖の要素を奪い取り、既成の宗教的な観念からはできるだけ遠ざけようとしたのです。
学者であるからには、生涯を通して研究を深めてみたいと思うテーマを持たなければ学者になった甲斐がありません。
岸本が、生涯をかけても追いきれない学問上のテーマを持っていたとしたら、死に直面してからの歩みは、異なったものになっていたかもしれません。
死が怖いと感じるのは、死を想うときが訪れるからです。
強い関心を持つことのできる仕事に没頭できれば、死を想うときが訪れにくいのかもしれません。