心あたたかな医療を 遠藤順子
「息子が腎臓を片方あげる」というと、主人は「俺は人の腎臓をもらってまで生きていたいとは思わない。もう自分は神さまに十分生かしていただいた。物書きにできることなんて知れたことだけど、自分は病気の体で、できるだけのことはやってきた。いつお召しが来ても、神さまに感謝して死ねる」と申しました。
ただ「息子がそう言ってくれたのは、とてもうれしい」と喜んでいました。
主人はいろいろなことを医師側にお願いしてきましたが、その骨子となっていたのは、まず患者本位の医療であってほしいということ。
そしてもう1つ、「どんなに立派な仕事をし、社会のために尽くした人でも、最期に苦しい苦しいとのたうち回って死んだのでは生涯をまっとうしたことにはならないのではないか。最後は家族や愛する人に囲まれて、やすらかな気持ちで死なせてほしい。1日や2日の延命のために苦しい処置を施さないでほしい」ということを訴え続けました。